2018年5月16日 (水)

今日の歌

今日歌

短歌
水温し 早苗床良し 声嬉し 蛙泣く畔 皐月空風
父母天へ 老いて吾 尋ねし人も 無常の世へ
賽銭よ 真ん中と投ぐ 右へ逸れ 神仏の意志 貴女の心

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2018年5月12日 (土)

今書いている詩(1346)「ドラム缶風呂の唄」

今書いている詩(1346)「ドラム缶風呂の唄」

八幡さまから御嶽神社への道で
昔の幼友達と立ち話を交わした
その友達の家の前を通る度に
見かけていたのですが⁉
昨日は振り向いた顔とお見合いをしてしまったのですねぇ❣
仕方がないので挨拶を交わしました🤝

「今日は、タロウです‼」
背高の老人に声を掛けらた友人は❓
小さな細い目で見上げ、誰だろうと⁉
戸惑った様でした❓
「タロウですよ❓」
「あのタロウさん⁉」
立ち話を続けると
「昔、タロウさん地のドラム缶風呂に入った事があったなぁ🤭」
別れ際に、肩を叩きながら
「嬉しい話を😃😂聴かせて頂きましたネェ❣(╹◡╹)」
前に住んでおられた、神主さんのお家の方も入れたがあったのです🤭

15年ほど前だと思うけど、宝生寺団地の家の風呂から娘の調子外れな歌声が響いていたなぁ❣産まれた時から18歳で、慈根寺(じごじ)の本堂跡から初沢町へ引っ越すまでドラム缶風呂に入っていたのですねぇ‼父が何処かで調達してきたドラム缶🛢、錆び付いて黒ずんでいたのかなぁ⁉バラックの家を壊す頃には、水漏れも出ていましたねぇ‼其処に綿を詰め込んで、騙し騙し入っていましたネェ❣(╹◡╹)娘の家の風呂は、横に長い風呂なのですが🛀⁉檜風呂の深い肩まで浸かれる風呂が、良いなぁ❣

ドラム缶風呂の水汲みは、私の役目で、薪のもや(枯れ枝)を拾いに裏の山へ行った⛰ものですねぇ❣お借りしていた40坪程の土地に野菜を植え🥦水は、古井戸から引っ越す前には、バケツの抅井に成ってしまったのですねぇ‼生活用の水は、池から(大きなぁと思っていた)この池で氷を割って幼い私たち三人が顔を洗っていたのです❣

池と土地やバラックも今は、中央高速の数メート上に浮かんでいる。空中の楼閣ですねぇ⁉今書いている詩(1)「いすくう」の舞台なのです❣(╹◡╹)小学校の校長先生だった神主の正義さん、世話になりました❣有り難う御座いました‼

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2018年5月 9日 (水)

今書いている詩(1353)「澄む(スム)」

澄む(スム)

孫たちが
いろみずを
作って
遊んだ小さな
入れもの
ピンクいろ水が
今日は
モウ
澄んでいる

ココロも
穏やかに暮らせば
澱みが
沈んで
澄むんだよなぁ〜

貴方が
私が
掻き回さなければネェ

神さま
仏さま
アナタモ

今も
宇宙を
大地を

掻き回して
居られるの
ですか⁉️

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2018年2月25日 (日)

エッセイ「音に拘る」

昨年の10月ですが、八王子市楢原のD2Dで最初に買った高反発折り畳みベッドのリクライニングが、効かなくなったので2週間程前に❓相談して交換して戴きました!同じ物が無かったので同等品と交換するが出来ました、デモ今度の商品は如何も低反発マットレスの様です?アイリスオオヤマから出ている品物の様ですが、楽天ショップに出ている物に作りが、似ています⁉その値段がD2より安いのです、使い勝手はD2オリジナル(19800円)の以前の品物よりもとても良いです。売り場担当者が、お休のようで営業の方が処理して頂きました。レジシートに「サカイ」と名前が記されていました、ありがとうございました‼日本の狭い部屋には折り畳みベッドが便利だと思います❣(╹◡╹)私の二階の部屋には最適だと思います⁉折り畳みベッドを購入するキッカケは、ホコリと腰痛でした‼フローリングの上に布団を敷いて寝ていたのですが、起き上がるたびにホコリが舞っているたのです⁉暗くしてライトで照らすと舞っているホコリが白く見えるのです⁉エアコンを空気清浄機能にしてみるとフィルターがホコリにまみれているのです、中古品の加湿器も購入しました。音が煩いので、寝るときには、大きなバスタオルを二枚干す様にしています❣大健康を維持する事は、自分の責任ですねぇ‼飲んでいた薬も出来るだけ少なくしています⁉ストレス解消の為に、今まで床に直置きでしていたミニコンポを机の上にセットして即席のリスリングルームに改造してみました⁉メーター500円のスピーカーコードを4メーター買って、付属のコードと交換しました⁉スピーカーの下に4個で900円のインシュレータを二つ買い設置したのです❣(╹◡╹)Spotifyの有料サイトをアイパッドアエア2に最高音質でダウンロードして聞いています。そして、ソニーのエックスぺからパソコンに入れてあるCDをミュージックアプリから使えます❣パソコンと外付けハードデイスクの下にもインシュレーターを置いてみたいと思っています‼スピーカーの後ろに反射板のボード(100円ショップで買ったA4のメモに使っていたもの)にしてみました、洋子さんに作って貰ったパソコン用のカバーを其の儘使いました。机の下が、音響を増加しているのかなぁ⁉暗くないと眠くれ無いので窓にカーテンをしてあります、其れも壁からの音を吸収してリスリングルームの役目を果たしている様です❣「低音が響き渡って神棚の神様さぞかしご迷惑でしょうねぇ⁉」寝ながら音楽を楽しんでいる清水中世史研究所の祭主ですヨォ❣

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2018年1月11日 (木)

石垣の記録!

八王子市元八王子町3丁目にある宗関寺に、北条氏照公の医師であつた西川信濃守の墓石もあったのですが、直系の子孫が絶えその一角だけ跡形もなくなっています。此のお墓は、私の墓所の一つ手前(中宿の線で、宗関寺寄り)にあったのです。母方の志村氏は、本家(北条氏照公の家臣、志村将監)から分家した先祖で伴七の父に当たる人で上の境の隠居(カサンキョウ)と呼ばれる家から更に、分家した志村嘉十郎(母の祖父)夫婦・勘蔵夫婦・を母タツが、墓石を建てたのが縁となり私が、管理して志村・清水家の共同の墓所となった経緯があるのです。時の移り変わりは激しい、永遠という言葉も虚しく聞こえる今日この頃なのです。其の西川信濃守屋敷跡の石垣の写真を、友人の伊藤さんの記録から紹介して置きたいと思います!見事に残された石垣の遺構なのです、八王子城が築城されたと私が推定している?天正6年前以前のものと思われます。現在も開戸に居住して八王子城を定める時に案内を務め、氏照公から城定(じょうじょう)」の名前を頂いた城定家のご先祖も多分、此の石垣や八王子城の石垣造築に関わっものと思われます?遠戚に当たる中島家と縁の深いお宅の墓所の石垣も古い物では有りませんが、見事な造りとなっています!中島家の井戸の内部の石垣は、城定家の方が据え付けたのです。「城定さんの石垣は崩れない!」と人々が言い伝えて居ますが?大正大地震の際にも中島家の井戸の石垣は、崩れなかったと現当主の方から教えて頂きました。城定家の先祖が、関わり築かれた石垣は、各地に遺されてと思われます。石工の家「城定氏」についての役割を更に調査して記録に残したいと思います。(清水中世史研究所 清水太郎)

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2017年11月25日 (土)

今書いている詩(1347)「砥石(といし)」

今書いている詩(1347)「砥石(といし)」

おされて
おしだされて
モウナイ
棚の上の
歯磨きの中身
用無しの僕たち
棄てられる
定めを選べない

右腕が動いて
私を磨く
心まで磨けない
歯ブラシ

貴方は
男を磨いてる
貴女も爪を
磨くの
私の心を
引っ掻くの

柱で爪を研ぐ
あたいは
行け不明の
飼い猫
ミミナン

嘆いてる
貴方と貴女
身から出た
錆びね

私は下原刀
カマッテ カマッテ
拭って 拭って
錆びちゃう
今居られるのは
傷の無い
脛(すね)

空気を吸って
燃える 私
触れられると
身体が 燃える
ワタシ
いつか 錆びる

仕方ない
ショウガナイ
明日があるから
乗り出す 走る

取り戻せない
過去と現実
アナタッテ
重いなぁ



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2017年11月16日 (木)

今書いている詩(1345)「私もカエル」

今書いている詩(1345)「私もカエル」

貴女が
私を
此処に
置いてカエルナラ
私も
カエルとしょうか?
ギーザ平原じゃない

約束を
守れなかったので
新しい
希望に満ち溢れた
天地を
探している
第二の貴女を
求めて
旅へ

闇夜の中でも
道は
必ずアル
意思があればね

穴の中から
星が
見える
何処かで
輝いている
貴女の
心が

貴女よ
泪を
拭いて
歩きなさい

何処にいても
私は
貴女を
観ている
フリー

吼える
山犬のオス


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2017年5月 5日 (金)

戦さとは?

戦とは?
戦に向かう時に、武者は鎧を着けていないのです。途中で着けたのだったと思います。馬に乗って進軍するのでも、ないのです。宣教師フロイスは、武士は戦になると何故か?馬を降りて戦うとあります。戦には、多くの物資が要ります。食糧も要るのですが、食糧は、現地調達する事が、多かったようです。記録を読み解くと戦場では、腹を減らして戦う武士達の姿が書かれています。それは、昭和迄の戦いでも同じだったようです。補給を考えない戦いは、最後に敗れるのです。合戦において、武将は自分の部下の損害を最小限に留めるのが、必要だったのです。戦の前に、相手や自分の家来をよく知って於かなくてはならない、之が今も昔も同じ自分を家臣たちも護る鉄則でしょうね。その為に必要なのが、情報です。「孫子の兵法」が、戦国の武将達に読まれたのは、この所以なのです。そこで、用いられたのが、伊賀、甲賀の忍者達です。乱破・素破・水波の呼び名もあります。氏照公の家臣にも、「直江山城守と言う忍びの名手」がと、活躍した記載もあります。彼らを、指揮していたのは、氏照公では無く、軍師と呼ばれた人物や影で支えていた、戦上手の家臣であったと思います。近藤出羽守綱秀もその一人と思います。作家の伊東潤氏が、「城をひとつ」と題する作品を書かれています。大藤氏について書かれた作品です、着眼点が素晴らしいと思いますね!最近、明智光秀について注目が集まっています。豊臣秀吉公の「大返し」を可能にしたのは、秀吉公が、明智光秀を唆して、信長公を本能寺に攻め滅ぼした、影の人物かも知れないと推測されているからなのです。秀吉の「大返し」が、何故可能だったのか?事前に事(謀叛)が起きることを知っていれば、あらゆる準備手段が可能です。秀吉公には、それらに対応できる知恵や軍資金に、加えて信頼できる家臣や忍者が、居たのだと思います。千早城の攻防の時に、新田義貞が、陣を払って持國へ還ってしまたのですが?鎌倉北条氏が、彼を追い詰めていたのは、確かなのです。それだけでは、ないと思います。楠木正成と新田義貞は、事前に好を通じていて、鎌倉北条氏に反旗を翻したのだと考えると、何故鎌倉北条氏に勝利出来たのかとの?疑問の答えに辿り着けます。越後の同族が、駆け付けて来れたのは、事前に旗挙げを知っていたからなのです。この際にも、事前の情報を知るための「手立てに」役立ったのは、忍者に似た者達と思われるのです。

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2017年1月 3日 (火)

原川家の長槍

原川家の長槍

昨年の12月29日に、西八王子のドコモへと歩いていた。前日もドコモの店に向かって、歩いていたのです。桑志高校のバス停で、時刻表をのぞき込み歩き出して、塀のあるお宅の2階を見上げながら「立派な造りのお宅だなぁ」と想いながら歩き始めたのです。ドコモの店は、年末で混雑して1時間待ちのうえに、案内の女の子が、「老人が、あれこれ聴くので」と思ったのだろう?何処かに行ってしまった。老人は、待てないのです。帰ろうと決めて西八王子ショッピングセンターへ歩き出したのです。次の日もドコモへ行かないと用事が終わらないのです、あれこれとしてるうちにバスに乗り遅れてしまいました。ムーブで西八王子ショッピングセンターに車を停めて、歩きなが昨日見上げたお宅の前にさしかかりました。脇の門からめがねを掛けた女の方が、舗道に出ておられました。思わず「あの2階はご立派ですね」と指さしました?其処声を聴かれたのか、ご主人と想われる方が出て来られました。「中をご覧になりますか?私は、一瞬面食らいながら「宜しいのですか?」と言うと、ご主人が、「門を開けますから」と言って中に招き入れてくれました。塀に囲まれた中は、静けさで満ちていました。玄関へ打ち水がしてあり、掃除が行き届いています。「掃除が行き届いていることが、基本ですね」と私が問いかけるように言うと「中をご覧になりますか?もっと奇麗に掃除してありますよ」とまた、お返事が返って来ました。「中に回って開けますからどうぞ」暫くして、玄関の障子扉を、開けて頂きました。「宜しいのですか?行きずりの私が中に入って」何度も頭を下げながら、家の中に入らせて頂きました。下の部屋は、すべて畳のようです。左の部屋に床の間、備え付けの神棚、仏壇があります。優しさと威厳のある大きな写真が飾られていました。近衛兵となり連隊長を務められ、市議会の要職もされた功績のあるご主人のお父さんでした。「長槍は此処にあります」と教えて頂きました。ご先祖は、千人同心で甲斐の国から八王子城下へ来られた、最初の250人との事だそうです。「樫の一本造りですから、刀を跳ね返してしまいます」「長さは、どの位ですか?」「二間(五メートル半)ですね、槍は短いです」「錆びています?」後で失礼な質問だと気になったのですが、実践で使われていれば、錆が出易いと安易に思ったのです。刀と違い手入れはどの用にするのだろうかとも、思ったからです。ご主人は、「錆びていませんよ」と答えられました。紅茶を頂きながら、ドコモの予約時間が気になりました。でも、貴重な話を伺うのが最優先です。お年は84歳だそうです、「お元気とお喜びが、お顔に溢れて居られますね!」シミが一つも無いお顔で、ご主人は座っておられました。帰り際に、傷跡の遺る敷台の写真を撮らせて頂きました。「大工さんが、この傷跡は、このまま大事に残した方が佳いですね」と笑顔で言われました。何度も丁寧に頭を下げてお宅を後にしました。原川家については、新しく編纂された八王子市史の民俗編の「葬儀」に詳細が載っています。10俵2人扶持のお家だそうです。後で思出しましたが、ご主人に民俗編を見せて頂いた、その中の墓所の写真に記憶があるようなのです。今日のご縁は若しかして、あの時お墓を拝見した時の事だろうか?其れとも、千人同心の研究家で故野口正久先生のお引きなので有ろうかなぁ?ドコモの店の予約時間には、間に合いました。

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2016年11月18日 (金)

今書いている詩(1285) 「遠くまで届け」

今書いている詩(1285)「遠くまで届け」

 海の中に
 浮かぶ
 灯台よ

 心の中に
 浮かぶ
 灯台よ

 希望の
 光が届けと
 廻れ廻れ

 全ての船と
人々に
 光明と祝福を
送る

 貴方は
 見えているかな
 私が贈った
 光と愛が

 人生の旅路は
長くて険しい
でもね
諦めない
求めなさい

私はこの世の道を
照らし続けている
だって 私は
貴方の神だから

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