« 戦国流転 上総国堀江郷より起こった堀江氏 | トップページ | 戦国流転 大沢氏 »

2013年1月 2日 (水)

戦国流転 新田氏姓堀江氏


  新田氏姓堀江氏

神奈川県伊勢原市(中郡西富岡村)で江戸期のほぼ全期を通じて名主を歴任した豪農堀江家は、南北朝内乱期の新田義貞の後裔で、戦国期に小田原北条氏の客将だったという所伝をもつ。同家は中世文書や、旗本知行所関係などの江戸期の文書を伝える(清和源氏新田堀江家の歴史、新田堀江氏研究、神奈川伊勢原市域医療史概観)。

『姓氏家系大辞典』にこの堀江氏は、清和源氏新田氏族 越前国坂井郡堀江郷より起る。星合系図には「堀江左衛門大夫義藤は、新田義顕六世の孫也。義顕に二子あり、嫡子は越前堀江に居り、二男は同国本庄に居る。故に嫡子は堀江と号す」とあり、中興系図に「堀江・清和源氏、新田越後守義顕の末葉」とある。

 この堀江家の系譜は『堀江家文書』にある墓碑銘から次のように推定できる。

源 満仲―頼信―頼義―義家―義國――新田義重―義兼―義房―政氏―基氏―朝氏ー

義貞―義宗―貞方――堀江貞政〔初代 新田荘司従五位下相模守貞方公正嫡 新十郎 

正長元戌申年(一四二八)没〕―政貞〔二代 十郎 寛正三壬午年(一四六二)没〕

―政武〔三代 庄九郎 延徳二庚戌年(一四九〇)没〕―政貞〔四代 惣七郎 享禄四

辛卯年(一五三一)三月五日没〕―政延〔五代 土着 惣左衛門 永禄五壬戌年(一五六二)四月十七日没 一底常忻居士〕―政邦〔六代 土着 織部 慶長十七壬子年(一六一二)四月十七日没 孝庵道存居士〕……以後略……

堀江家は次のような貴重な品々を所有している

1 鎌倉後期 重代守護の太刀(了戒)折紙

2 鎌倉末期 家宝短刀(国広)折紙

3 室町期 不動明王図

4 南北朝期 家宝短刀(国次)寸法書

5 南北朝期 家伝脇差(備前長船盛光)寸法書

6 室町末期 堀江荘十郎政長所持鎧通し(兼定)寸法書

7 室町期 五輪塔(三基)拓本

8 室町期 家伝槍 寸法書

9 中世~近世 堀江氏邸内旧鎮守氏神祠胴 拓本10 天文十六年(一五四七)六月十二日 北条氏康判物


1 天文年間 天文宝地館(想像図)

12 永禄五年(一五六二)四月 墓碑銘 拓本

   一底時常忻居士 永禄五年四月十七日

   孝庵道存居士 慶長十七年(一六一二)四月十七日

13 戦国末期~江戸初期 墓碑銘(四基)拓本

14 慶長八年(一六〇三)二月 西富岡村検地帳

戦国末期に堀江兵部と堀江景幸、そして堀江織部政邦は北条家の領国内で出会い、それぞれの「家」の由緒や武勇を語り合うことがあったであろうと考える時、誠に感慨深いものがある。しかし、堀江景幸の作成した系図は、昭和五年十一月頃、滋賀県東浅井郡湯田村字八島にある玄隆寺の住職八島隆学氏の所蔵する処となった。堀江景幸やその一族の消息は不明である。

 

|

« 戦国流転 上総国堀江郷より起こった堀江氏 | トップページ | 戦国流転 大沢氏 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1202329/48574291

この記事へのトラックバック一覧です: 戦国流転 新田氏姓堀江氏:

» くまモングッズがほしい [harukaまたひとつ]
これが結構人気でグッズもたくさん出ています [続きを読む]

受信: 2013年1月 8日 (火) 21時03分

« 戦国流転 上総国堀江郷より起こった堀江氏 | トップページ | 戦国流転 大沢氏 »